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「罪悪感で他人を動かそうとする癖のある人は、自分...」の会話スレッドまとめ

罪悪感で他人を動かそうとする癖のある人は、自分もたいてい罪悪感に塗れている。その苦しみを他人にもなすりつけるようなムーブをしてしまい、その自覚すら持てない人は多い。大変に生きにくいだろうと思うが、そこに周囲の人間までお付き合いする必要はない。

「社会問題とされることにノータッチである、放置している」=「不正義に加担している」論がぼくは嫌いであり、自分はそこに与しないように心がけている。今回のシロクマさんのように「自分も不正義に加担しているが罪悪感を持ってるからマシ」みたいなバカバカしい原罪論も不毛だと思っている。

人間には個性もあるし肉体的限界もある。それぞれ興味や時間には限りがあり、手が及ばないことがあるのは当たり前のことである。そこに「不正義への加担」というネガティブなラベルを貼ることにプラスの効果があると思っていない。

そしてその「不正義への加担」への罪悪感を持てれば、持たないよりもマシであるというのもバカげた話である。結局、実際にどんな風に社会貢献をしているかという具体的行動、結果が社会に還元されるわけでしょ。罪悪感は何の腹の足しにもならない。

罪悪感を感じる人は無駄にどうしたって避けることができない罪悪感で苦しみ、その苦しみは社会の改善に役立たない。こんな不毛なネガティブ感情いらないよ。

人間は各自が自分自身の当事者性、興味に基づいて問題意識を持ち、人生をかけて取り組んでいくテーマが変わる。これは人間の個性である。ぼくはそこを尊重したい。ある特定の問題に関与しないことを「不正義への加担」と呼び罪悪感を喚起しようとするのは、自分の興味関心を他人に強要する動きである。

ぼくからしたら、そちらの方がよほど社会の害悪だ。それぞれがそれぞれの資質を最大限に活かせばそれでよくて、そもそも実現不可能な「世界のあらゆる問題に関与することができない」ことに罪悪感など持つ必要はない。バカも休み休み言え。

ぼくの感覚からしたら、こうやって世界に無駄な罪悪感をばら撒く行為も立派な不正義なのであった。ぼくはそこに対しての問題意識は強いからこうしてはっきりと否定の態度を示しておくけどね。

罪悪感を癒す、ゆるすことは非常に難しいと考えています。自分で罪悪感という武器を創り出し自分を傷つけて、それでもまだ足りないと武器を創り自傷する。これほど悲しいものはないです。ましてや自発的に、自分はこのループから抜け出しても良い存在なんだ、ということに自分をゆるせられるかどうか

埼玉で高齢の方が自動車事故を起こして無罪になったら自ら有罪を望んだ事例もあります。日本人は死んでお詫び、自己犠牲の観念もあると思います。罪悪感を持つな、とは言いませんが、ある程度反省したら、それ以上自分を責めずにゆるして良いんだよ、と言い合える敗者復活歓迎風潮が好みです

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  2. “反省卿”シーナブラック
  3. 2020/10/23 19:01:28 公開
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