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「ポリコレのせいで、西部劇も戦争ものも冒険活劇も...」の会話スレッドまとめ

ポリコレのせいで、西部劇も戦争ものも冒険活劇も丸ごとダメになったんやで。敵にして良いのはエイリアンか虫ぐらいだ。これが豊かな表現だと思いこむのは勝手だが。

西部劇、戦争もの、冒険活劇がダメになったのに、ポリコレは全く関係ないです。話はもっと単純で、予算がかかる企画に、映画会社や制作会社が魅力を感じなくなっただけです。同じような理由で廃れたジャンルにミュージカルがあります。日本だと時代劇と戦争ものが、やはり予算不足でダメになりました。

横からすいません、これ本当なんですか?
予備校時代に塾講師が西部劇や戦争物や冒険活劇映画が廃れたのは公民権運動やウーマンリブ運動のせいだと話してたんですが。

僕は映画専門学校で映画史の講師だったんですけどね……。

細かく解説すると、西部劇の全盛期は1930年代から1950年代。60年代にはハリウッドの西部劇が衰退して、スタッフやキャストはテレビ西部劇で糊口をしのいだり、イタリア製西部劇(マカロニウェスタン)に出稼ぎに行ったりするようになります。

1960年代のハリウッドは大手映画会社のスタジオシステムが崩壊し、独立系プロダクションによるニューシネマが脚光を浴びるようになります。等身大の日常やアンチヒーローを描いた映画が多いです。大予算のスペクタクル映画も時々作られていますが、戦争映画や冒険活劇のような映画は衰退しました。

ハリウッド映画が冒険活劇に戻ってくるのは、1970年代後半から80年代です。コッポラ、ルーカス、スピルバーグ、スコセッシなど、大学の映画学科を卒業した若い映画監督たちがハリウッドの主流になり、往年のジャンル映画の伝統を復活させました。これがハリウッドルネッサンスです。

戦争映画はちょっと特殊なんですが、西部劇、冒険活劇、ミュージカルなどの映画は、全盛期には毎年何十本も作られてたのです。その後もこうした映画が作られていないわけではないのですが(ヒット作もあります)、年に数本では全盛期に遠く及びません。

かつてのハリウッドは周囲に畑や牧場がたくさんあって、西部劇が安く作れたんです。これは京都で時代劇が大量に作られた事情に似ています。ロケ地が豊富で地理的に優位だったんですね。でもカリフォルニアの人口が増えて都市化すると、ロケ地がどんどん遠くなり、お金がかかるようになりました。

「ポリコレ」が言われだしたのは1980年代で、過度なポリコレを皮肉った「政治的に正しいおとぎ話」が日本で翻訳出版されたのが1990年代。この頃はもうハリウッドルネッサンス以降ですが、少なくとも西部劇やミュージカルは、遠い過去に滅んだジャンルとみなされていました。

丁寧な解説どうもありがとうございます。
塾で聞いた話と現実の映画の歴史がだいぶ違うので勉強になりました。

まあ塾の先生は映画の専門家ではないので、しょうがない面もありますけどね。公民権運の結果として、西部劇でアメリカ先住民(インディアン)を単純な悪役として描けなくなったのは事実なので、それとの混同があるのかもしれません。『駅馬車』みたいな映画はもう作れません。

「ソルジャーブルー」あたりがターニングポイント作なのでしょうが、ちょうどベトナム戦争でアメリカ人の「正義観」や「セルフイメージ」が地に堕ちていくタイミングとも重なったように感じます。

『小さな巨人』もありますね。どちらも1970年の映画です。これで「開拓民がインディアンに襲撃されると騎兵隊が駆けつけて間一髪で救出。めでたしめでたし」という映画は作れなくなりました。

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  2. “反省卿”シーナブラック
  3. 2021/01/01 10:21:44 公開
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