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「映画の著作権保護期間の考え方は...」、@hitoh21 さんからのスレッド

映画の著作権保護期間の考え方はなかなか複雑で、1953年公開の『ローマの休日』や『シェーン』は2003年末に保護期間が切れて現在はパブリック・ドメインになっているけれど、1952年公開の『ライムライト』(チャールズ・チャップリン)や『おかあさん』(成瀬巳喜男)は2022年まで保護期間が続く。

映画の著作権保護期間の考え方はなかなか複雑で、1953年公開の『ローマの休日』や『シェーン』は2003年末...

1953年公開の映画の著作権の保護期間が2003年末までなのに、それより前の1952年に公開された映画の保護期間が2022年末まで続くというような逆転した事態がなぜ起こるのか。少し詳しく説明してみる。

映画の著作物の保護期間をめぐっては「1953年問題」と呼ばれる有名な論争があって、これに司法が決着をつけた(最高裁の判決が確定した)。結論から言えば、1953年までに団体名義で公開された劇映画については2003年12月31日で保護期間が終了するという判断が下された。

なぜ1953年が問題になるかと言えば、背景には、1971年に施行された現行の著作権法で公開から50年とされていた映画の著作権の保護期間が、2004年1月1日に施行された改正法で公開から70年に延長されたことがある。これに伴って1953年公開の映画の保護期間が延長されるかどうかが問題になった。

判決によって確定した考え方は、1953年の50年後の2003年12月31日で保護期間が終了し、いったん消滅した著作権が復活することはないので、1953年公開の映画に2004年1月1日施行の改正法は適用されず、保護期間も延長されないというもので、まあ普通に考えてそうなるよなと僕も思う。

一方で、延長されるとする人たちの考え方では、2003年12月31日24時と2004年1月1日午前0時は「同時」なので、著作権の保護期間は消滅することなく改正法の施行とともにさらに20年延長されるということになる。この考え方は判決によって否定されたが、実は文化庁著作権課がこの考え方を主張していた。

行政府(文化庁)の判断が司法の判断によって覆されたということになる(この点も注目を集める要因となった)。

それでは、1953年公開の映画の保護期間が2003年末で満了するのに、どうして1952年公開の映画の保護期間が2022年まで延長されるのか。それは映画の著作者が誰であるかによって適用される条文が異なるから。

1953年問題で著作権の保護期間が満了したとされるのは「団体名義で公表した著作物」に限られる。これに対して「自然人名義」の作品は、旧著作権法によって著作者(多くの場合は監督)の死後38年の保護期間が定められている。

映画の著作者が団体名義なのか個人名義なのかはにわかには決めがたい問題で、一応「全体的形成に創作的に寄与した者」が著作者になると判決では言われているけれど、その判断はどうやってするのか必ずしも明らかではない。具体的には、チャップリンや黒澤明や成瀬巳喜男は映画の著作者扱いされる。

映画の著作者が誰かが問題になるのは旧著作権法下(〜1970年)で公開された映画で、1971年以降は著作者にかかわらず公開から50年(2004年以降は70年)と定められている。旧法から現行法への切り替えがまた事態を複雑にしていて、つまり、著作権の保護期間については二つの基準が存在することになる。

たとえば、黒澤明の『羅生門』は1950年公開なので、現在の著作権法に照らせば公開から70年後の2020年まで保護期間が続くことになるが、これが公開された当時の旧著作権法では著作者(監督)の死後38年が保護期間。黒澤が亡くなったのは1998年なので、38年後の2036年まで保護期間が続くことになる。

2020年と2036年、二つの保護期間が想定されるわけだけれど、こういうケースではより長い方が適用されると定められている。つまり、黒澤が1970年までに監督した映画は、戦時中に公開されたデビュー作の『姿三四郎』(1943年)を含め、公開年にかかわらず、すべて2036年まで保護期間が続くと考えられる。

相対的に早くに亡くなった小津安二郎(1963年)の場合は、死後38年の保護期間が2001年に満了して、1953年までに公開された映画は2003年に満了になるので、『東京物語』(1953年)までがすでにパブリックドメイン、『早春』(1956年)以降は公開から70年後までが保護期間になると考えられる。

現に『東京物語』までの廉価版DVDは普通に売られていて、販売の差し止め訴訟等も起こっていないはずなので、この認識で間違っていないと思う。権利者は下手に裁判を起こすと全面敗訴したパラマウントの轍を踏むことになるので、慎重になっていると思う(負ければパブリック・ドメインが確定する)。

一方、権利者の側が自ら率先して「この作品はパブリック・ドメインですよ」と公表することも考えにくいので、廉価版DVDの発売業者との間でお互いにはっきりしないままやっている部分もあると思う。警察は微妙なケースについては司法判断がないと動けない。だからまずは民事で白黒つける必要がある。

我々がパブリック・ドメインかどうかを判断する基準としては、作品の公開年と監督の没年に照らして基準を満たしていることを確認したうえで、さらに廉価版DVDが発売されていればまず間違いないと思っていいだろう(もちろん、僕は責任を負えないので、最終的には個人の判断でお願いします)。

一連のツイートの最初に挙げた二つの1952年公開映画の著作権保護期間がまだ続いているのはこうした理由による。チャップリンの没年は1977年で、成瀬は1969年。基準となるのが1966年に監督が生きていたかどうか。生きていれば死後38年が改正法施行の2004年にかかるので、公開から70年が保護期間になる。

最後に、成瀬の『おかあさん』(1952年)で具体的に計算してみると、まずは公開当時の旧著作権法の保護期間が適用されるので、この作品の保護期間は成瀬が亡くなった1969年の38年後、2007年まで続くと考えられる。

この間に、1971年に現行の著作権法が施行されて映画の保護期間は公開から50年に変更されている。こちらで計算すると、1952年公開の『おかあさん』の保護期間は2002年までだけれど、先に述べたように二つの保護期間が存在する場合はより長い方をとる。よって、2007年まで保護期間が続く。

さらにこの間、2004年に改正著作権法が施行され、映画の保護期間が公開後50年から70年に延長されたため、この時点で保護期間内にある『おかあさん』にはより長いこちらが再適用され、2022年まで続くと考えられる(それまでに法改正があればさらに延長される可能性もある)。

おおよその理解はこれで合っていると思うのだけれど、所詮は法律素人(一応は法学部法律学科卒だけれど)の解釈なので、違っているところがあればご指摘ください。

ちなみに、大学(を含む各種学校)の授業で映画を上映したり、学会発表で映像の一部を流したり、論文や批評に映画の静止画を引用したりすることが認められる根拠は、著作権法の別の条文にある。そちらの紹介は機会を改めていずれまた。

映画研究者=批評家。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。関西大学文学部非常勤講師。専門は小津安二郎。

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  2. 伊藤弘了
  3. 2019/02/05 20:11:21 公開
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