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「「ポートフォリオ」というのは多...」、@oxomckoe さんからのスレッド

「ポートフォリオ」というのは多くの方々にとって謎だと思うので、僕が理解した範囲で。ここでいうポートフォリオというのは、金融・投資業界で使われるそれではなく、教育業界で使用されるもの。例えば英米のように、階級や格差が大きい社会で大学入試での学力審査を補うものとして考案されたらしい。

単純な学力審査では、白人上層階級の子が高い点数になる。そこで、学力試験とは別に、自分の出自や来歴、これまでの社会活動やそこから得られた知見、そういうものを今後どう活かしたいかの作文をする。ただの作文と違うのは、エピソードの一つ一つに「エビデンス」をつけなければならない。

「エビデンス」というのは、ちゃんとそういう活動しましたよという証拠。例えば、貧しい子に対するボランティアをやりましたという場合、その子たちからの「感謝の手紙」とか楽しそうな集合写真とか。そういう作文と「エビデンス」をワンセットとして「ポートフォリオ」として提出する。

例えば大学側は、学力審査の結果と提出された「ポートフォリオ」を見て、総合的に入学を認めるかどうか判断するような傾向に、アメリカではなりつつある、という話だが、詳細は僕もわからない。

さらにアメリカの事例として聞いたことがあるのは、アメリカの場合、ほんの一部のテニュア教授以外の圧倒多数の大学教員の身分は極めて不安定。業績主義で簡単にクビが落ちる。すると今度は研究至上主義に陥りもう一つの需要である教育が疎かになるが、教育業績というのは研究業績に比べて測定が困難。

そこで、雇用継続・昇任の条件として研究以外の諸活動を示すものとして「ポートフォリオ」が求められるようになった、とも聞いている。例えば、こういう先進的かつ興味深い授業を行なっていますよ、という作文とそれを示す「エビデンス」を揃える。アンケートとか感謝の手紙とか笑顔の集合写真とか。

問題点として考えられるのは、①社会活動というのは社会資本が豊かな人々にとって有利、②この手の抽象的な活動の「エビデンス」を揃えるには、ある似たような思考様式が必要になる(ここに業界利権が生じる)、③研究と教育の分化を促進する可能性があるかもしれない。以上が僕の危惧。あくまで私見。

蛇足。アメリカ社会が端的なのだが、日本でも近年学力の地域間格差が大きくなっているため、本当に底辺(言葉が悪ければ申し訳ありません)の大学では、入試が機能しないことがある。例えば100点満点で最高点が20点とか。そうなると学力審査以外の判断材料が必要になる、と聞いたことがある。

アメリカ合衆国建国史研究を一生やっていくのではないかと思います。リツイートさせて頂く場合、基本的に賛意、こういう意見もあるなどポジティヴな動機によります。晒し上げはしません。2017年まで北海道にいました。稚内18年、長万部9年。それ以外は札幌(予備校と北大)です。飲酒時に書いたツイートは翌日恥じて消すことがあります。

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  2. オッカム
  3. 2020/02/08 18:02:56 公開
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