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それでは、本日のマガジンのお時間です! / マガジン限定記事vol.114「悪口がなくならない本当の理由」|白饅頭 @terrakei07 #note

マガジン限定記事vol.114「悪口がなくならない本当の理由」|白饅頭|note

マガジン限定記事vol.114「悪口がなくならない本当の理由」|白饅頭|note

 ひとの一生どころか、一般の人が生涯を3回送っても、とうてい足りないくらいの「悪口」を、私はすでに浴びている。

note.com

「現実ではとても口に出せないような暴言や中傷を、なぜSNSでは言えてしまうのか? それも大の大人が」――と、河野太郎議員がブログで吐露していましたが、その疑問に対する圧倒的な答えを饅頭師匠は持っています。

悪口

子どもの頃、おふくろには、人の悪口を言うもんじゃありませんよとよく言われました。   平塚YWCA幼稚園、平塚市立花水小学校、ボーイスカウト平塚第5団でも、人の悪口を言うなと教わりました。   人の悪

taro.org

人間は「嫌いな人間をあえて確認していく」ことに一種の習慣性を見出すようなことがあり、それはいわば「安心を得るための営み」になってしまうという、矛盾というか本末転倒というか、そういう「認知の罠」のような状態があります。SNSではその罠にハマってる人を山ほどみることができます。

そして「悪口はいけないこと、許されないことだ」とみんながそれなりに合意しながらも、しかしこれを口にしたことない人はほとんどゼロであることについて、別の角度から検討します。すなわち「悪口の合理性」についてのダークテキストです。

さらに「意見と人格は別(なのだから、人格攻撃はやめろ)」という、よくいわれるような話がありますが、しかし「意見と人格はそれほど明確に分けられるものなのか?」という根本的なところを再考します。

意見と人格は同一とまでは言わないまでも、両者は分かちがたく結びついているだろう――と。ただし、意見と人格を分けることの巧拙は個人差があり、どうしても意見の批判を人格攻撃と結びつけるような習い性がある人はいて、そのような人にはある共通点がある――というお話をしています。

「悪口」についての認知の罠と合理的側面、そして「意見と人格」の分けることの困難さについての物語です。楽しいテキストだと思います。ぜひ読んでみてください。

日曜日にも原稿をずっと頑張っている饅頭先生を応援しよう

「インターネットで誹謗中傷に勤しむのは無職の暇人」――というのが、一般に語られる「悪口を書く人」のイメージだが、実際にはそれなりの社会的責任がある人でも、インターネットで見つけた「嫌いな人間」への憎悪を書き連ねていることもまったく珍しくはない。

皆さんの職場のキリっとした上司も、昼飯を食べながら、あるいはトイレでウンコしながらスマホを起動してツイッターを見て、御田寺圭の悪口をめちゃくちゃに書いている――そんなことはマジでまったくあるあるなわけです。

「嫌いな人間のことをわざわざ定期的にチェックしに行く」という営みをやってしまっている人、自戒しましょう。それはかなり中毒性の高い行為です。

自分の人生によくもわるくも「思い入れ」の深い人であるほど「意見と人格」を分けることには困難で、そういう人ほど自分の意見を批判された途端に激昂し、相手を口汚く罵倒する――という話をしています。これはかなり重要なパート。

日曜日も更新頑張ったんや、スキ&シェアでよろしくやで・・・

インターネットで文章を書いたり、本を出したり、ラジオで喋ったりして生活している者ですが、本当はゲームだけして暮らしたい者です。
お仕事等諸連絡:DM or メール terrakei07@gmail.com

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  2. 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌕
  3. 2020/05/17 17:02:07 公開
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