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「誹謗中傷…。やっていない事をや...」、@takuramix さんからのスレッド

誹謗中傷…。やっていない事をやったと言われ、何の証拠もないのに印象だけで罪人認定されて、繰り返し貶められ吊るし上げられた日々が8歳の頃にあった。誰も自分の味方にはなってくれない日々の中で私は生き残った。それは強さ故だろうか…と時々疑問に思う。鈍感故に生き残れたのかもしれない、と。

…それでもギリギリだった。鈍感になれる最大限まで自分を鈍感にして、やっと生き残れただけだった。ただ、鈍感にしなくて良い世界が同時に私にはあったから、場によって、相手によって、それを調節するテクニックが身についた。それが役に立った面もマイナスになった面もある。

…人間社会というファンタジーは優しい。そのファンタジーをある程度守る事が利益になる者同士で集まって社会が維持されている。でも、それらをかなぐり捨てた原始的なヒト科の動物としてのニンゲンの本性は、やはり容赦ない自然の一部であるから「力」こそが全てだ。その現実は無視できない。

…親とか先生とか、そういう「社会」を象徴する存在の目の届かない場所での暴虐な子供ってのは、本当に残酷な事をする。殺されると恐怖した事が私は何度もある。ナイフを振り回して追いかけてくる奴、川に突き落とす奴、石を全力で顔めがけて投げる奴、何かの薬品を口に無理やり押し込まれた事もある。

…ルールとか社会が関係ない状態のニンゲンの恐ろしさ、その本性を、私は8歳までに嫌という程見せつけられた。自分の体でそれを体験した。
だから、社会を成立維持させるものの価値と、その限界を実感している。「ヒト科の動物」でしか無い者たちの暴虐な「力の論理」に対して、それは時に無力だ。

…暴力を否定しながら、しかし、暴虐な力に対して力で対抗せざるを得ない現実もある。それに葛藤し続けた時間は長かったが、落とし所は案外シンプルなものだった。今では矛盾を感じて悩む事も、葛藤する事も特に無い。暴虐に対しては現実的に対処するだけの事、願望だの情だのは不要だ。

…理不尽や暴虐に屈してしまえば、暴虐と狂気が社会を破壊し、無秩序の中で力の論理に支配される事になる。だから、それら暴虐と狂気に対しては容赦なく戦い抜く決意が必要だ。改心を期待してはならないし信じてはならない。交渉や説得が通じる相手なら狂気を振り回したり暴虐に振る舞ったりはしない。

…そういう悲しい現実もある。それを悲しんでいるだけでは立ち向かう事は出来ない。怒り狂い憎悪に染まれば自分も同じ穴の狢となる。感情と切り離して、冷徹に徹底して対処する事だ。許しや共感は、それを共有できる相手だけに向けるべきものだ。暴虐と狂気を向けてくるばかりの相手には無用だ。

私の機能一覧:歌う事以外、殆どやる気を見せません…人様のお役に立てるような能力は衰退しました(-_-;)……何をやってる人か良くわからない人なので、「機能」が欲しい人は私にがっかりするでしょう。<私が応援する写真家さんのリンク>→ juntakai.com

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  3. 2020/05/23 23:00:35 公開
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