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「僕が小学生の頃なんですが、故郷...」、@dig_nkt_v2 さんからのスレッド

僕が小学生の頃なんですが、故郷の街の基幹産業だった造船が、造船不況の直撃を受けて壊滅したんですよ。造船の労働者、技術者たちは田舎街の数少ない「高給取り」だが、この人達が路頭に迷った。当然その家族も巻き添えを食い、家族ごと街を出た者も多かった。街の人口減少が始まった。↓

ここから、僕は絵に描いたような街の没落を目の当たりにすることになる。造船労働者たちの需要にぶら下がっていたサービス産業がドミノ倒しのように潰れていった。先ずは飲み屋街。若いお姉さんたちがいるような店が灯りを消して、それに引っ付いていた洋服屋がシャッターを下ろす。↓

そのうち、街全体の人通りが減り、街の灯りがまばらになる。大人たちも、自分たちの仕事の将来の見通しを下方修正し、なんかとして今の食い扶持だけは守ろうと保守的になっていく。念の為に付け加えると、これは、いわゆるバブル景気がやってくる直前の話。日本全体は、極めて上昇志向の時代。↓

消えたのは一つの産業とその派生需要。経済の理屈から言えば、余剰人員は他の産業に吸収されれば良い。でも、小さな街の中で仕事を失い、他の仕事にありつく、というのは、時として共同体内の階層移動を伴うこともある。羽振りの良かった家の子が、公営住宅、文化住宅に転居して暮らしぶりが変わる。↓

これはあまり良い思い出でもないが、そういう地域社会の暗転の中で、経済問題に抗えなくなった人が自死を選んだ現場に居合わせたこともあった。厚みのある血糊が広がったフローリングの床を、僕は忘れることはない。人間にとって、生きていくための経済的基盤を失うということの怖さを知った。↓

だから、経済で余剰人員は他の産業に吸収されればいい、というタイプの議論が、一体、何を削ぎ落としているのか、ということを、僕は感覚としては理解しているつもりでいる。ヘッドハントや求人広告ですんなりと移動できる社会や局面というのは、実は経済のほんの一部にすぎない。↓

こういうのを経済現象を見てしまったから経済学を勉強したわけではなく、経済学部に進んだのは本当に偶然だったのだが、今にして思えば、世の中が失われたx0年に入る前に、経済変動が人間に与える凄まじさを、実体験として理解できたのは、本当に貴重なことだったなと、感じる次第である。

Proost! Dag! Ik heet Daigo Nakata. Econoom, publiek economie. 座右の銘「男というもの、つらいもの、顔で笑って腹で泣く、顔で笑って腹で泣く」 【これ大事】本アカウントでの発言等は、私のいかなる所属先とも無関係であり、私個人の責に帰するものです。

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  2. 中田大悟 NAKATA Daigo
  3. 2020/07/15 00:45:52 公開
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