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「日中戦争前において、陸軍は17個...」、@Ton_beri さんからのスレッド

日中戦争前において、陸軍は17個師団23万人を常設舞台としていました。

これが日中戦争開戦に伴い、34個師団に増加します。
1938年における累計動員数は73万人であり、一気に規模を3倍に拡大させます。

これはそのまま、質の低下を意味しました。

陸軍の常設師団と特設師団(戦時編成師団)の兵力構成です。

常設師団は、現役兵と予備役(退役5年以内)で7割を占めます。

特設師団は、後備役(退役5年以上15年以下)で、70%近くを占めます。さら補充兵は短期訓練を受けただけのものです。

出典:nids.mod.go.jp/publication/ki…

陸軍の常設師団と特設師団(戦時編成師団)の兵力構成です。 常設師団は、現役兵と予備役(退役5年以内)...

つまり、戦時編成師団は、野球に例えると、

現役の高校生野球部員 20%
30歳前後の草野球選手 65%
野球未経験者     15%

で編成されていたわけです。
また、装備の点でも旧く、動員後1か月程度で戦線に投入されるため、訓練による練度も向上も期待できませんでした。

しかし、これらの人材の質的低下は、相対的には大きな問題とはされませんでした。(オーバーな表現)

なぜでしょうか?

それは「下級将校の不足」というより大きな問題が存在したからです。

帝国陸軍の問題として、
「小隊長・中隊長に任じられる下級将校の不足」
がありました。

大正期の軍縮によって、人材育成を絞ったことが原因の一つであり、常設師団ですら例外ではなく、下級将校が不足しました。

一方、特設師団の場合はもっと悲惨な状況でした。

特設師団では

「1大隊の4人の中隊長の内、1人は現役将校に」
「12人の小隊長の内、1人は現役将校にしてほしい」

という、悲痛な訴えが常態化している状況でした。

大半の予備役士官は、大正年間の 1 年志願兵出身です。
1年の徴兵と、3か月の見習士官を除くと、さしたる軍務経験もありません。

これらが下級将校のほとんどを占める状態、というのが1938年の特設師団の状態になります。

「中隊長は、少なくとも予備役大尉および現役中尉の充当が必要」

「今次召集の中隊長の大部分は、いわゆる在郷名士であるが、軍務経験も浅く、指揮統制の点で残念な状態である」

「予備役を隊長とする場合は、補佐に准士官や現役下士官を若干名配置すること」

というのが、現場からの要望でした

さて、多くの方も予想していますが、こういった状況のため、風紀は乱れました。

平時であれば違反となる、部下への鉄拳制裁の常態化は、こういった状況で蔓延し、抑止しようとしても収めることができなくなります。

軍内部や内輪ですらそうなので、外部や、戦地の住民に対しての態度はお察しです。

このため犯罪数も多く

「対上官犯は相当に頻発」
「酒⾊に因る犯罪相当に頻発」
「略奪強姦等の対住⺠犯罪相当に頻発」

とのいうのが、参謀本部の動員編成課が「1938年ごろに」作成した資料に残っています。

1938年です。
つまり、太平洋戦争開戦の 3 年 前 です。

日中戦争の負担ですら、当時の日本の軍備に対し、過大であったことが、ここからうかがえます。

日本軍は、ここからさらに、インドシナに進駐。
最終的に米国を殴り、
英領マレー、米領フィリピン、蘭印、ニューギニア、ガ島にインパール、と次々と戦線を拡大させます。

よく頑張りましたね。
はなまるをあげますよ

この辺のツイートまとめた方が良いのかしら?

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  3. 2020/07/18 10:57:09 公開
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