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それでは、本日のマガジンのお時間です! / 白饅頭日誌:9月7日「幸せの槍」|白饅頭 @terrakei07 #note

白饅頭日誌:9月7日「幸せの槍」|白饅頭|note

白饅頭日誌:9月7日「幸せの槍」|白饅頭|note

 SNS空間では、なにげなく綴られた短い言葉が、思いがけず万単位の賞賛と共感を集めることもある。しかしときには、夥(おびただ)しい数の非難や憎悪が集められることもある。

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「仕事を一旦退職した妻がミルクレープを作ってくれた」というほのぼの・ツイートがタイムラインを賑わせました。そのほとんどは祝福の声でしたが、しかしその対岸から寄せられる「モラハラ男!」「女性差別!」「加害者!」といった暗い感情についてのダーク・テキストです

「女性が男性のためになにかしてあげることは不幸であるに違いない」と信じてやまない人びとにとって、「男性のために職を辞し、支えになり、そして幸せに暮らす女性」はまさに不都合な真実を伝える存在であり、そのような「反例」があってはならないと激昂してしまう。

身も蓋もないことを言ってしまえば、ミルクレープを妻につくってもらった男性に向けて「モラハラ!」「加害者!」などという人びとは、男性に対して非難しているというより、「自分の苦しみを外部化してくれる物語」を守ろうと必死に自分に言い聞かせている状態なのだということです。

自分の苦しみ、自分の生きづらさを説明し、またその責任を外部化してくれる物語として「女性はかわいそうな被害者」という物語が存在するが、しかし「男性を支えて幸せに暮らす人」は、その存在が視界に入っただけで、生きづらさを抱えながら「やさしい物語」にすがりついている人には暴力となる。

「自分の不幸は自分のせいじゃない、自分の生きづらさは自分のせいではない」――と再確認するためには、「ミルクレープを夫のためにつくった妻は、きっと不幸なのだ」という物語に再編集する必要がある。だからこそ例のツイートには「不幸を願う者たち」が大集合した。

幸福になれない不幸な人間が、その理由として「やさしい物語」を紡ぐも、しかしその物語の真実性や説得性を動揺させる「幸せな人」が許せなくなる――現代社会の寓話。

「幸せな人」を必死になって否定しにかかる哀れな人間――は、対岸の火事ではなく、私たちもそうなってしまいうる。「幸せな人」が自分の目にどう映るか、それは自分自身の幸不幸を映しだす鏡のようなもの。

幸福な他人の姿が目に入ったら、ただそれだけで「自分への攻撃、自分への否定、自分への抑圧」に見えたなら、自分自身の生き方や考え方を考え直す機会が迫っている予兆なのかもしれない、そんなお話でしめくくっています。ぜひ読んでみてください。

内省的光属性テキストであり、そしてSNSが「不幸な人間の先鋭化」をますます促進していくであろう未来を予期させる、暗い影の物語でもあります。

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ミルクレープを作ってもらった男性へのバッシングに集結した人びとが実際にやっているのは「女性差別を叩いて世直し」とか「男女平等な価値観へのアップデート」などではない。「どうかこの男は、女性を虐げている者であってほしい」という願望を吐露しているにすぎないのだ。

つまり彼女たちは一見すれば男性を罵倒しているが、実際にはひたすら「私の物語を壊さないで!!」「私の苦しみを否定しないで!!」――と、痛切な叫びをあげているのだ。本末転倒のように思えるかもしれないが、人はしばしば「自分の不幸」を守ろうとさえしてしまう。その典型例がこの一件だった。

インターネットで文章を書いたり、本を出したり、ラジオで喋ったりして生活している者ですが、本当はゲームだけして暮らしたい者です。
お仕事等諸連絡:DM or メール terrakei07@gmail.com

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  3. 2020/09/07 17:04:09 公開
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