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「「野党はだらしない」というお決...」、@mu0283 さんからのスレッド

「野党はだらしない」というお決まりのフレーズが何を意味しているのか、自分なりに腑に落ちる感覚に至った。

「だらしない=文句ばかり言ってないで仕事しろ」なのでは。だから追及の言葉が「ぎゃーぎゃー」と変換される。

けれどもその追及は、「文句」ではなく「行政監視」だ。野党の大事な役割。

「野党はだらしない」というとき、なぜ「だらしない」という言葉が選ばれているのかに強い違和感があった。

離合集散を繰り返さずにまとまって対抗せよ、とか、質疑にはもっと準備をして臨め、といった指摘であるなら、「しっかりしろ」の方がしっくりくる。なのに「だらしない」という言葉が選ばれる

「だらしない」とは、あるべき振る舞いではない振る舞いに対して向けられる言葉だ。シャツがはみだしているとか、スマホを見ながら食事をしているとか、講演会場で隣の人とおしゃべりを続けているとか、喫煙所にたむろして仕事に戻らないとか。

そういう様子を表す「だらしない」という言葉が「野党はだらしない」という形で使われるとき、野党は「(やるべきことをせずに)ぎゃーぎゃーとどうでもいい追及を繰り返している存在」というイメージが拡散されていく。
しかし、では、そのときのやるべきこと、とは何か。

野党は「スキャンダル追及より政策論議を」なのか。「対抗より解決を」なのか。そういう言い方は、行政監視という野党の大事な仕事を「文句」「ぎゃーぎゃー」に貶めるもの。行政監視も野党の大事な「やるべきこと」であり、野党がその役割を果たさなければ権力の暴走や私物化は食い止められない。

野党が行政監視のために国会で追及を行うことを正面から批判すると「いや、大事だろ」と反論される。だから「『いつまで』桜『ばかり』」とか「野党は『だらしない』」とか「『スキャンダル追及より』政策論議を」とかの言説があふれる。
それらは「呪いの言葉」。都合よく土俵に乗せられないように。

「呪いの言葉」は相手にネガティブなイメージをかぶせるのが目的。私にも「左翼」「察し…」「w」「残念」「恥ずかしい」「必死」「●●のお友達」のような言葉がかぶせられる。全部、漠然としたネガティブなイメージ付与が目的。具体的な批判ではなく、定型的な「呪いの言葉」が使われる。

そういう「呪いの言葉」を投げてくる相手の土俵に立って反論してはいけない。「野党は反対ばかり」と言われたら、「賛成もしてます」ではなく「この法案にあなたは賛成なのですか」と問うべき。「野党はだらしない」と言われたら、「権力の私物化は放置しておいてよいとお考えですか」と問うべき。

そして、行政監視が野党の重要な役割であること、行政監視を国会が行わなければ、権力の私物化や暴走の危険があることを、政党や議員はわかりやすく訴えるべき。

言葉は認識を導く。行っていることは、単なる政敵追い落としのための「スキャンダル追及」ではなく「行政監視」だとの認知を広げるべき。

国会という場における野党の役割は何か。国対委員長は何を大事にして、どういう仕事をしているか。
立憲民主党の初代国対委員長である辻元清美議員による『国対委員長』(集英社新書)は、それを伺い知る良書。読みやすく、臨場感があり、そして私たちが語るための言葉を得ることができる。

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「野党はだらしない」という人には、「『文句ばっかり言ってないで、ちゃんと仕事しろ』ということですか? では、あなたが考える野党の仕事とは何でしょう?」と問うてみてもよいかもしれない。

政権を取るだけの力もない、国民の支持を幅広い得られるだけの政策も提示できていない、だから野党はだらしないんだよ、という人もいるが、野党は政策を磨き、勢力を結集し、政権を取るに足る力をつけることだけに注力していればいいのか? 崩れ行く政治と行政の現状を正すことは誰がやるのか。

●『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』●『呪いの言葉の解きかた』●国会パブリックビューイング(@kokkaiPV) 代表 ●note.mu/mu0283 *アイコン画:とり・みき *ツイッターは、個人の見解です。RTや「いいね」は賛意とは限りません

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  2. 上西充子
  3. 2020/09/21 07:01:00 公開
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