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「00年代の小林よしのりに始まる慰...」、@kmiura さんからのスレッド

00年代の小林よしのりに始まる慰安婦の歴史修正問題。研究者が発見した資料やその背景説明に対する、読まずしての否定や無視、牽強付会な解釈、チェリーピックでお話を作り上げる“The Facts”な人々に、どれだけ丁寧に説明しようが理解や態度変更そのものへの意欲がないらしく空振りが多かった。

この立場の方々にとって何が本当に起きたか、は、いかに自分がよって立つところのアイデンティティである「日本人」が揺らぎなき清廉潔白で優秀な人々であるかということを示す第一目的に比すれば重要ではなくそれどころか相対的には研究者を「日本人を貶める存在」として捉えることになった。

目下の学術会議に対するマジョリティの反感はこれが全面化したものだ。目下の政治経済人権状況を現代国家を研究者専門家学者の目から見れば批判しどころ満載、糾弾すべき点続出でありそれはきつい批判にならざるを得ないが、上記の第一目的のためにはそれは「利敵行為」に他ならない。

したがって今目前で起きているのは、反知性主義ではなく、まさに国家主義なのである。私も「反知性主義」と思ってたけどね。少し前までは。

かつて20年ほど前にその初期の姿を小熊英二は「癒しのナショナリズム」と名付けたが、今や単に「攻撃的なナショナリズム」に変貌した、ということなのである。で、対抗する言論の側、「ペンは剣より強し」な側は同時進行するメディアの形態の根本的な変化の荒波に乗ることもできず撃沈近し、という様相

「癒しのナショナリズム」と「攻撃的なナショナリズム」の間に何が起きたのかといえば、結節点であるところの福島核災害。その直後には理系文系分け隔てなくある程度の素養が有れば想定できた日本国土の半分が居住不可となり人工が最も集中する関東平野の4千万人を待ち受けるディアスポラ。

一瞬だけ生じた知を生業とする人々の共同戦線は、瞬く間に崩壊したがその背後にあったのもすでに胎動を始めていた攻撃的なナショナリズムであった。シュプレッヒコールは「不安を煽るな」。究極の状況で不安を抱えて生き抜く人間は想定外、だったのかもしれない。トップダウンで支給される安心。

ここで起きたのも価値の逆転であった。不安を支給するものは悪であり、安心を供給するものが善、という価値観。事実を伝達し解説すること、嘘を喧伝し事実を暗渠沈めてしまうこと、という二つの軸が社会の中に並存し、その異なる価値の軸にあるものが互いに罵倒し議論はまさに平行線をたどった。

その末に今、があり、事実ーデマという軸は、不安を呼ぶものはデマという考え方までも生み出しつつあるのが現在である。風評被害、の「風評」がたとえばそれである。かつてそれは純然たるデマを意味していたが、今は事実であっても日常業務に滞りを生じさせる情報による業務の損害は「風評被害」。

つまり大学や学術が近代科学のもとで追求している価値は、税金を納めているマジョリティの価値とは決定的に乖離している。事実とフィードバックのに従って導かれる生活の安心、ではなく苦渋と隷従の生活がまっていようとも国家がトップダウンで与えてくれる虚偽虚栄をの安心を選んでいるのである。

Living in Germany, 24 years!. A biologist (Doktor der Naturwissenschaften, 自然科学博士) 11歳児の息子と父子家庭。なにかとお休み中。 twilog.org/kmiura/

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  2. kmiura
  3. 2020/10/14 03:07:24 公開
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