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「例えば、学校や公園の遊具で遊ん...」、@isa_kent さんからのスレッド

例えば、学校や公園の遊具で遊んでいて何か重大な事故が起きた時に、確かにその結果に至った「責任の所在」がどこにあるのかを明確にするのって大事だとは思う。ただ、仮にその事故で下半身付随になったとして、それでも安心して生きていける「社会の仕組み」を整備するのも大事なことな気がする。

僕の手伝っている学童でも、指導員の方々が、最近ときどき子供たちに「自己責任」って言葉を使うようになってきてるんですよね。それって多分、保護者から一方的に「管理者責任」を押し付けられてきたことへのカウンターというか、自衛的な側面もあると思うんですよ。

子供たちに何の怪我もさせないなら、行き着く果ては「何もさせない」しかなくて、でも当然そういうわけにはいかないから、結果的にどうなるかというと、危険なことは出来るだけ事前に伝えて、それでも怪我や事故が起きたら「危険なこと(≒悪いこと)をしたのは本人」と責任を回避するしかなくなる。

これってつまりは「大人同士の責任のなすり付け合い」に子供が巻き込まれてるってことだと思うんですよね。これが地域的なことなのか、日本中で起きてるのか、はたまた世界的な傾向なのかは分からないけど、行き場を無くした「責任」が、現代をじわじわと息苦しく(生き苦しく)してる気がする。

個人個人ではどうしようもないことを引き受けるために「社会」ができたはずなのに、段々とその社会そのものが「責任の最終処理機能」みたいなものを失いつつあって、その皺寄せがどんどん弱いもの(例えば「子供たち」)に寄ってしまってるようにも感じるんですよね。

きっとどれだけ人類が進歩しても「誰が悪いわけでもないけれど、避け難く発生する悲劇」みたいなものは無くならなくて、そういう時に「責任」って実は「意味をなさない」んじゃないかと思うんですよ。そう言うある種の「穢れ」のようなものを扱う術を、現代社会は見失いつつあるように思う。

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  3. 2021/02/01 22:21:59 公開
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