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「予想通りクソリプがたくさんつい...」、@hokusyu82 さんからのスレッド

予想通りクソリプがたくさんついているのですが、興味深いのは、ある個人が特に権力関係にない別の個人の思想信条行動を否定することが即座に憲法問題になると考えている人の多さです。私人間効力云々は置いておくとしても、こうした憲法の利用ほど現代オタクの精神を表しているものはないでしょう。

靖国は歴史的に、特に松平宮司以降、侵略戦争肯定をあからさまに打ち出している神社であり、従って政治的なものから逃れられ得ないことは明らかです。つまりこれは、墨東氏が的確に批判しているような、社会の一員であることから逃避しようとしているオタクの振る舞いに直結するのです。

しかしそれに関する価値判断を自分ではしたくないという人々の逃避先が「客観的」や「科学的」という言葉であると墨東氏は指摘していますが、「憲法」もこれに当てはまるのです。憲法によって国家から市民社会の自律性を確保しようとするのみならず、市民社会からも逸脱しようとするのです。

たとえば、「朝食をパンにすることは間違っている」とだれかが言ったとすれば「個人の自由だろ」とは思いますが、憲法問題だとは思わないはずです。それだけ、自身の行動が正しいと思っていようが後ろめたく思っていようが、とにかく「問題化」されることを過剰に恐れているのです。

ただし、そのような価値判断を回避するために憲法を利用することほど、非立憲的な態度はないのです。なぜなら立憲主義は、憲法の条文を規範の根拠として杓子定規に利用するのではなく、あるべき立憲政治のために、憲法に対する価値判断を行うからです。

たとえば「学問の自由」に「大学の自治」は含まれていないとみなしたり、憲法15条を根拠に政権の学術会議への介入を正当化することは立憲的ではないのです。しかしこれらは、憲法の条文から直ちに導かれることではなく、学問あるいは政治の歴史的営みにおいて判断された価値なのです。

またこのツイートのように、そうした価値判断的営みから逃れようとする者ほど、強いイデオロギーの持ち主なのです。「先人の屍の上に活かして貰っている」のようなフレーズは靖国肯定派からよく聞きますが、靖国が侵略戦争を美化しているという客観的事実に対して、まったく因果性のない信仰告白です。

歴史的責任を逃れて、歴史的なものを消費して快楽を得たいという甘えた根性の持ち主が靖国に集うのです。靖国の景色は戦没者慰霊とナショナリズムが密接に結びついた西洋近代的スペクタクルです。あそこに行って熱い感情が湧いてくるとすれば、それだけ日本人も西洋化したというだけのことなのです。

さらにこのツイートに典型的に表れているように、現代オタクは価値判断するものの立場に異常にこだわります。一定の影響力のある人が公然と行ったことについて誰でも自由に価値判断を述べることができるのが民主主義だと思いますが、なぜか何かについて価値判断をすることは特権だと思っているのです。

「何様だ」と言うべきなのは、たとえば竹下議員が島根県知事に「注意する」と発言したことなどについてです。これはまさに国と地方自治の対等性を規定した地方自治法の原理に関わる問題だからです。

また、むしろ何様でもないからこそ自由な発言が可能なのです。仮に教師と生徒、上司と部下、親と子などの明らかな力関係があった場合、間違いを指摘しなければならなかったとしても慎重な判断が求められます。逆に今のオタクは、そうした権威があれば何でも言っていいのだと思ってそうですが。

また、先のツイートに戻ると、行為が間違っているという指摘を、「悪人」と断ずる指摘だと読み違えています。これまた特徴的です。批判されたり否定されたりすることに、ものすごくビクビクしているのです。社会性なくイキり散らすことと、こうした過剰なまでの防御反応は一体であろうと思われます。

野暮なことをいえば、個人の自由への干渉度合いについては、それこそ声優の結婚や恋愛にあれこれ口を出すオタクのほうが大概だろうと思いますが……。

藤崎剛人。HBO(tinyurl.com/y673rajw)、Newsweek(newsweekjapan.jp/fujisaki/)で連載中。専門はドイツ思想史。お仕事等のご連絡はhokusyu82@hotmail.co.jpかDM(後者のほうが繋がりやすい)で。

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  2. 北守
  3. 2021/02/19 15:56:22 公開
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