シェア

「小学校の頃に別のクラスに車椅子...」、@kajika72011513 さんからのスレッド

小学校の頃に別のクラスに車椅子の子が居て
下校の時先生だったか誰かの指示で家が同じ方向の
同級生の誰かが必ず一緒に帰る決まりだった。
最初はクラスメイトと帰っていたが直ぐに
ネタ切れになって3年の時に別のクラスの僕が
一緒に帰る事になった。

その子は1年生の頃から同じ学校で
別のクラスだったが「後頭部に電極を埋めてるので軽い気持ちで頭を叩かないで」などの諸注意を最初に同学年全員に説明されたのを今でも覚えている

その子自体は、明るい男の子で階段の上り下りも自分でやるし
人に頼らなくても出来る事はなんでも自分でやる
真っ黒の靴下で懸命に階段を上り下りしていた姿を
今でも覚えていて「なんか強い奴だ」と最初に思った。
障害者へのイメージは今でも彼のイメージが強い

お母さんも過保護な感じではなく
突き放す処は突き放すしっかりした人で
理不尽な要求をされた経験もない
一緒に帰っていくと申し訳ない位本当に感謝された。

ただ、僕には一つ不満があった。
それは、指名されると半ば強制的に
彼と一緒に帰らないといけない事だった。
子供ながらに皆彼には遠慮している部分があり
気心の知れた友達と下校するのとはやはり違う
危険な帰り道を選んで帰ったりも出来ないため
当時のやんちゃな僕には、少々窮屈だったのだ

それで僕は、何度目かの下校の時
思い切って彼にその不満を打ち明けた。
半分罪悪感を感じつつもどこかで
彼なら分かってくれると思ったからだった。
「本当の友達ってこういうのじゃない」
誰かに言われて一緒に帰るなんて変だ
そう言う趣旨の事をとにかく懸命に説明した。

今思えば
正直一緒に帰るのが少々面倒だったのも否定できない
だけど僕だって友達に一緒に帰ろうと誘って
断られる苦い経験は、沢山あったし
誰と下校するか?と言うのは人気者を除けば
基本的に皆毎回争奪戦でそれが普通なのだ

話を終えると彼は少し寂しそうな顔をしたと思う
僕はきっと親や先生に怒られると覚悟した。
でも、覚悟した上で話したから仕方ないと思った。
その後しばらく僕は下校に指名されなかった。
罪悪感を感じた僕は、ある朝の登校時に彼の家を訪ねた

不安を感じながらチャイムを押すと
お母さんが凄くびっくりした顔で出迎えてくれた。
「朝自分から誘いに来てくれた子は初めてだ」と
凄く喜んでくれた。
てっきり叱られると思ってた僕
沢山送り迎えしてる上に別のクラスだったのに
お母さんは僕の名前をちゃんと知っていた。

「あの日あの子は凄く喜んでたの」
僕は、首を傾げた 下校中ずっと一緒に帰りたくない
と言う話を聞かされたから
彼にとって辛いものだと思っていたから

でもそれは、僕が彼を見くびっていた。
お母さんは、とても嬉しそうに
「初めて本音で話してくれる友達居たからって言ってたのよ」
と続けた。

彼の強さに僕は、衝撃を受けた。
そして息子の話の受け止め方を完全に理解している
目の前のお母さんが本当に凄い人だと思えた。
彼は僕以上に僕の言いたかった事を
あの場で理解していた。繰り返すが当時小3の事である

その後僕は、自分の気が向いたときだけ
その子と一緒に帰るようになった。
そしていつの間にか彼と一緒に帰る
指名の習慣は無くなった。

僕が障害を持つ人に変な偏見を持たずに済んだのは
今でも彼と彼のお母さんのおかげだと思っています。

DMは、送らないでください!
(特別な事情を除く)

犬とゲームとサイクリングが大好き中年
昔は絵を描いてた頃もありました。
料理は毎日してます。酒はたしなむ程度
タバコとギャンブル大嫌いです。

色んな意味で日本語が読めない人や
グロ 詐欺 出会い系 エロアカ 
全てブロックします。

  1. トップ
  2. kajika
  3. 2021/04/13 11:04:19 公開
シェア

「すまとめ」はTwitterの長文スレッド(長文スレ)・連続ツイート(連ツイ)を1つの記事にキレイにまとめるサービスです。長文スレの最後に、「@matomesu まとめて」とコメントを付けるだけで、まとめ記事がこのように作成されます。

おすすめスレ