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「また「幸福思考停止仮説」に繋が...」、@rengo31092783 さんからのスレッド

また「幸福思考停止仮説」に繋がる記述が!

>彼らが大切にしているのは、創作や発見、啓蒙に注ぐみずからの情熱だ。気を緩めることは絶対にないし、立ち止まって手にした幸運を楽しむこともない。(P.207)

■もっと! : 愛と創造、支配と進歩をもたらすドーパミンの最新脳科学
amzn.to/3tneKvj

>ただひたすら、未来の構築で頭をいっぱいにしている。けれども、その未来はけっして訪れない。なぜなら、未来が現在になったとき、それを楽しむためには「触れあって感じあう」H&N神経伝達物質を活性化する必要があり、それはまさにドーパミン活性の高い人たちが忌み嫌い、避けていることだからだ。

「今ここ」にある幸福を堪能したくても、思考が抽象度の高い領域へ飛んでしまい、今に浸ることができない……。この習性がどこから来ているのかをずっと疑問に思っていましたが、一端がここにあるとは……。

個人の幸福を最大化するのであれば、思考停止が有効であるという一つの証なのかもしれません。

>彼らは公益に大きく貢献している。だが、どれほどの富や名声、成功を手にしようとも、彼らが幸せを感じることはほぼないし、満足することは絶対にない。

抽象度の高い思考と、今ここの幸福はやはり対立するのか……。

>そうした特殊な人たちは、種の存続を促す進化の力により生み出された存在だ。彼らは自然の力に駆り立てられるままに、みずからの幸福を犠牲にし、人類全体に恩恵をもたらす新しいアイデアやイノベーションを世界に届けている。(P.207)

ただし、間違ってはいけないのが、これは「どちらが良い、悪い」という話ではないという点だと思います。あくまで、人類種にはどちらの偏りの個体も必要なのでしょう。重要なのは、自分がどちらに偏りを持っているかを知ること。そして、その特性の活かし方を探ることではないでしょうか。

期待物質、つまりは「今ここ」という具体的なものではないんですね……。

>ドーパミンは快楽物質などではない。まったく違う。ドーパミンの本質は、期待物質だ。(P.34)

幸せは未来ではなく、「今ここ」にあるものを堪能することなのですね。

>いま手にしているものを楽しむためには、未来志向のドーパミンから現在志向の化学物質に脳を移行させる必要がある。そうした現在志向の神経伝達物質を、ここではまとめて「ヒア&ナウ(いまここ :H&N)」と呼ぶことにする。

化学で幸福が作れてしまう……。

>ほとんどの人は、H&Nの名を耳にしたことがあるはずだ。たとえば、セロトニン、オキシトシン、エンドルフィン(モルヒネの脳内バージョン)、そしてエンドカンナビノイド(マリファナの脳内バージョン。「内因性カンナビノイド」とも)と呼ばれる一群の化学物質だ。

未来へ期待ではなく、今に浸れ、と……。

>ドーパミンのもたらす期待の快楽とは対照的に、これらの化学物質は感覚や感情から生まれる喜びをもたらす。その証拠にエンドカンビノイドの一種であるアナンダミドは、「楽しさ、至福、歓喜」を意味するサンスクリット語が名前の由来になっている。(P.34-35)

もし、仮にドーパミン活性が強いか、H&N回路(セロトニン、オキシトシン、エンドルフィン、エンドカンナビノイドなど)が強いかを簡便に調べることができたとしたら、これを基準に採用選考を決めることは認められるのでしょうか……。
反発が凄まじくありそう。

でも、これらに基づいた言動で採用選考の合否を決めているのですから、やってることは同じなのですけどね……。

いや、ホント。どこからが差別で、どこからが選別なのだろうか。

ぬぅ

>全体として見れば、こんなことが言えるかもしれない。平均すると、リベラルな人は前向き、思索的、移り気、創造的、知的といった傾向があり、不満を抱いている可能性が高い。それに対し、保守的な人は感情豊かで信頼でき、安定的で伝統を重んじ、あまり知的ではなく、幸せな傾向にある。(P.233)

やはり、考えない方が、思考停止した方が幸せな傾向は高まるのかもしれない……。

たしかに、この本の最終章は
『調和・ドーパミンとH&Nのバランスをとる』
というタイトルではある。しかし、何を以て「バランスがとれているとするのか」という定義はない。ただ均衡がとれていればいいという単純なものでもない。どんな状態が「調和」となるのかは、個々人によって違うのでしょう。

「バランスが大事」という話になると、なんとなく結論付けられるような流れになることが多いように思います。しかし、何を以て「バランス」とするのかは、よくよく考える必要があるように思うのです。

という抽象的な概念を論じることに、どうしようもないおもしろさを感じるのも、私がドーパミン活性に偏っているせいなのかもしれませんが……(苦笑)。

>私たちを人間たらしめているもの、それがドーパミン回路だ。ドーパミン回路は私たち人類に特殊な力を与えている。私たちは考える。計画を立てる。想像する。思考の次元を高め、真実や正義や美といった抽象的な概念に思いをめぐらす。その回路のなかで、私たちは空間と時間のあらゆる壁を乗り越える。

ドーパミン活性による抽象的な思考の功罪。

>人類がきわめて厳しい環境で─外宇宙でさえも――繁栄しているのは、周囲の世界を支配する能力のおかげだ。だが、その同じ回路が私たちを暗い道へ――依存症や裏切り、不幸につながる道へ導くこともある。

何をめざすかは人それぞれか……。

>偉人になろうとするのなら、それには不幸が伴うという事実を受け入れなければならないだろう。なぜなら、不満という刺激こそが私たちを努力へと駆り立て、ほかの人たちが家族や友人と過ごす時間を楽しんでいるときにも休まず続けさせているからだ。(p.316)

少なくとも、「成功者になれば幸せ」みたいな安直なものではないことだけは、たしかですね(苦笑)。

いや、その安直な構造を信じ込めれば、幸せな思考停止に至れるので、それはそれでいいのか。

「足るを知る」のことかも。

>だが、幸せな人生のほうがいいと思うなら、その望みを成就するためには、別の種類の課題を達成しなければならない――調和を見つけるという課題だ。終わりのないドーパミンの刺激という誘惑に打ち勝ち、もっと多くを求める果てしない渇望に背を向けなければならない。

抽象的な思考ばかり、ドーパミン活性ばかりが刺激されやすい現代において、身体性が重要視されるのは自然な反応なのかもしれませんね。

>感覚的な現実と抽象的な思考が連動してはじめて、脳の潜在能力があますところなく解き放たれるのだ。

>最高の性能を発揮したときの脳が生み出せるのは、幸福と満足だけではない。富と知識だけでもない。私たちの脳には、感覚的体験と知的な理解力の豊かな混ざりあいを生み出す力も備わっている。その混ざりあいこそが、よりバランスのとれた人間に至る道へと私たちを導いてくれるはずだ。(p.317)

「バランスをとる」ことを目的にするのではなく、「どちらかに偏っているな」と感じたら、もう一方を取り戻すくらいでいいのかもしれない。
正解の均衡点が存在するわけではないのだから。

個々人が能力を発揮できる要因を勝手に研究し続けています。他にも好奇心のままに。 『幸福とは、思考停止ではないか?』という仮説を探究中。  教育・採用・就活・吃音者

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  3. 2021/04/15 15:11:13 公開
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