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「父が死んだ時、病室には僕と父の...」、@oxomckoe さんからのスレッド

父が死んだ時、病室には僕と父の二人きりだった。母は父のオムツを買いに薬局に行っていた。状態の急変に気づいた看護師さんたちがワラワラと集まってきた。父は僕の顔を見つめていた。2ヶ月近く正気を失っていた父の目が本来の父の目になっていた。間もなく目からすーっと光が消えていった。死んだ。

僕は母に携帯電話で「お父さんの心臓が止まった。今すぐ戻ってきて」と。母は「分かった」と。稚内のタクシーの運転手さんは楽しい会話する人が多い。タクシーの中で、母は運転手さんの冗談におそらく笑いながら受け応えしていたのだろうと思う。長い夫婦の時間が終わる幕間劇。

病室に到着した母は、父の遺体に「お父さんお疲れ様でした。本当にこれまでありがとうございました」と深々と頭を下げていた。医師には気の毒なことにゴールデンウィークの最中だった。30分後に先生が来て、正式に父は死んだ。

直前まで父は隣の6人部屋にいた。その病室にいた父と同じような状態の方の奥様がのぞきに来た。僕の両親より高齢だった。奥様は母が手にしていたオムツをじっと見ていた。僕は「もしよろしければ」と言ってオムツを差し上げた。奥様はオムツをぎゅうっと両腕で抱えられた。

悲しい時間は短かった。看護師さんが「それでご遺体のお引き受けをお願いします」と。僕は「ええ!?」と思った。考えたこともなかった。困惑して母を見ると、母はすでに携帯電話で生前から契約していた葬儀屋に電話をかけていた。葬儀屋はすぐにやってきて、そこから怒涛の実務が始まった。

葬儀屋が作業をしている最中、「びっくりしたよ、お母さん待ち構えていたのかい(笑)」と尋ねたら、父がまだ元気だった頃からいざという時のために葬儀屋と契約してたらしい。「今契約したらお米が5キロもらえる」という特典があったらしい。兄弟が帰省した時にすでに食べ尽くしていた。

実家は稚内市がまだ宗谷村、稚内町、猿払村の緩やかな連合の中にあった時からいた一族だった。祖父は漁業技師、漁協組合長、稚内大谷高校の事務長と職を転々としながらもとにかく知られていた。父も信用金庫、稚内市役所、宗谷消防長という感じでとにかく稚内の人だった。だから葬儀はお客が沢山きた。

ゴールデン・ウィークの帰省で、一足早く釧路に向かっていた弟が途中で呼び戻されて帰ってきた。葬儀会場の規模をどうするかの話で母の判断は少しズレていた。現役ならいざ知らず定年して10年以上たった父など誰も憶えていないだろうと彼女は考えて、小さな家族葬ホールを希望した。

母の目から見て、父は舌鋒鋭く嫌われているとも考えていたようだった。ただ葬儀屋は事情通なので、首を傾げていた。けっこう来るんじゃないかと。葬儀屋は20年以上前に姿を消した僕をじっと見ていた。僕は、たぶん葬儀屋が正しいと思い大ホールでお願いすることにした。大正解だった。

通夜に250人ちょっと、告別式にも100人以上来た。小ホールならまだ寒い5月の稚内だったらかなり迷惑をかけてただろう。母はつつがなく喪主を務めていたが、専業主婦だった彼女にはこの間の記憶がなかったらしい。ようやく僕が機能した。職業柄、数百人規模の会場は見慣れた風景だった。

重要なのはカネ関係。銀行口座から下ろせる額は決まっており、父名義の講座がシャットダウンするまでに時間がなかったのでかき集めるのが大変だった。結局間に合わず、母は駆けつけた父の親友だったTさんに「100万貸して」と手を差し出しTさんはよしきたとすぐに100万持ってきた。

香典の集まりが良かったので100万はすぐに返せた上で収支は幾らかの黒字だった。それにしても人間が、特に家族持ちの人間が死んだ場合の手続きは大変だった。うちは預金も資産もないので税理士に頼める身分ではなかった。父は几帳面な人で記録は全部正確に保管していたのが幸いだった。

もちろん僕はこの辺りまるで使い物にならない。母もまるで僕をあてにしていなかった。「この長男は抽象的なことは分かるが、自分の頭の上のハエも追えない人間」だということで、書類仕事は弟と母がやっていた。僕は父の残したウイスキーを飲みながらテレビを見ていたり、父の幽霊探しをして暮らした。

すべてはゴールデンウィーク中の出来事だった。僕は当時の勤務地の長万部に戻り、授業に穴を開けることなくつつがなく仕事に戻った。何事もなく授業をしながら『大きな木』という絵本を思い出していた。
@amazonJPより

おおきな木

おおきな木

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amazon.co.jp

僕にとって、父とはこのような人だった。

アメリカ合衆国建国史研究を一生やっていくのではないかと思います。リツイートさせて頂く場合、基本的に賛意、こういう意見もあるなどポジティヴな動機によります。晒し上げはしません。2017年まで北海道にいました。稚内18年、長万部9年。それ以外は札幌(予備校と北大)です。飲酒時に書いたツイートは翌日恥じて消すことがあります。

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  2. オッカム
  3. 2021/04/25 16:46:20 公開
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