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「とある中学校に、何でもできるウ...」、@yume86211996 さんからのスレッド

とある中学校に、何でもできるウマ娘がいた。

容姿端麗成績優秀、度胸もあれば知恵もある。

頭も口も回転が速く、おまけに実家は金持ちだ。

たったひとつの欠点は、ほんのささいな足首の障害のせいで、決して早く走れないということだった。

彼女の右のつま先は生まれつき外を向いていて、しっかり地面を蹴ろうとしても力が外側へ外側へ逃げていくのだ。

それは普通に生活するのにはなんの苦労にもならないし、彼女の美を損なうわけでもない小さな疵。

彼女を知る人々は皆それを惜しいんだ。

いろいろなものを兼ね備えた彼女だ。

そこにあと走力が備わってさえいれば、きっとすごいウマ娘になったろうに。

だが、そんな言葉が聞こえてくれば、彼女はからりと笑うのだ。

「あら、ちょうどよかった。だって私、走るのが大嫌いなんですもの」

と。

笑顔はからりとしているが、そこから続く言葉はカラリとは程遠い。

「21世紀にもなってウマ娘は競争の道に進むのが花形なんて考えは古いと思うわ」

「だから、みんな『かけっこ』に夢中になってないで、もっと世の中の役に立つ道を探すべきだと思うの」

「私は幸い成績がいいですから。もちろんこれを人様の役に立てたいと考えているんです」

とにかく口も頭も回るから、回りは彼女の言葉に転がされてまともに反論もできやしない。

「だいたい、早く走りたければバイクも車もあるでしょう?」

彼女が笑う。

「中学生にもなって、なによりかけっこが好きだなんて、ばかみたい」

嫌うのはいいが、貶すのはよくない。

彼女の脚を惜しむ声にその調子でドッカンドッカン反撃しているうちに、彼女の周りからは人がいなくなった。

勿論自分からそう仕向けたのだから、彼女がそれを気に病んだふうもない。

勉学に励み、自分なりの楽しみに精を出している。

例外と言えば、幼馴染の無口な少年ただ一人だった。

少年は何を言うでもなく、他に寄りつくものがいなくなった彼女の傍にいる。

そしてただ、彼女の言葉に相槌を打つのだ。

「走れたら、走れたら。みんなそれしかいう事ないのかしら」

「うん」

「嫌いな事に付き合わずにすんで、私はむしろ気が楽なのに」

「うん」

「勉強はいいわよ。ただ走るより、ずっと沢山のことが出来るようになる」

「そうなんだろうな」

「早く走りたければ、バイクにでも車にでも乗ればいいのにね」

「そうだな」

「全く、みんなどうしてそんなに走るのが好きなのかしら。私には、一生解らないでしょうね――」

そんな会話も、一学期の終わりとともに途絶えた。

少年が、不意に少女のもとを訪れなくなったからだ。

そして夏休みの終わり。

早々に宿題を片付けて自習に励む彼女のもとを、久々に少年が訪れた。

二台の、ぴかぴかに光るスポーツ自転車を伴って。

「それ、どうしたの」

「買った」

あっさりと答える少年。

見ただけで、それが安いものではないとわかる。

そういえば少年の顔は真っ黒だ。

もしかしてこのために、なんらかのアルバイトでもしていたのではないだろうか。

「跨ってみて」

一台を少女に押し付けて、短く言う少年。

「あ、あの」

「少しそのまま」

言われるままに思わず跨る少女がなにやら問おうとするのを遮って、少年はサドルやステムの高さを少女の身体に合わせて調整する。

「ねえ、どうしたって言うの」

さらに問う少女をまっすぐ見て、少年は言った。

「サイクリングに行こう」

――と。

わけが解らないまま少年の調子に押され、少女は初体験のスポーツ自転車に跨っておっかなびっくり道に出た。

 いや、自転車に乗れないわけではない。
 

事実、通学用のママチャリなんかは普通に乗るし。

とはいえ初めて乗るスポーツサイクルは車輪は細いし、いつもと重心が違ってぐらぐらするし、少年の意図は解らないしで落ち着かない。

「ペダルとサドルとハンドルに、体重を分散してかけるといい」

「前を向くと姿勢が安定する」

「ブレーキはチョンチョンと、軽く、少しずつ――」

そんな彼女に短くアドバイスする少年。

もともと頭も運動神経も悪いほうではない。

少女はたちまちスポーツ車の扱いを飲み込んで、目をみはった。

自分の出した力が、そのままスピードに変わる感覚。

いつもの道路が舗装しなおされたかのように、滑らかに静かに回る車輪。

向かい風が汗をあっという間に冷やしてゆく、風を切る感覚……。

自分の力が少しのロスもなくスピードに変わっていく体験にどきどきして、少女は力いっぱいペダルを踏みこんだ。

少女の脚には、生まれ持ったウマ娘の力がある。

スポーツ用に強く作られた自転車はその力をしっかり受け止めて、彼女をかるがると新しい世界に連れていく。

時速70km。

それは本気のウマ娘たちだけが体験できる、スピードの世界だ。

ああ、そうか。

少女は向かい風に目をみはる。

これが、他のウマ娘たちを捉えて離さない世界なんだ。

私が嫌っていた世界なんだ。

……時速70kmで数十分。

すっかり置き去りにされた少年がようやく少女に追い付いたのは、町を見下ろす峠だった。

ぜいぜいと座り込む少年に何も言わず、少女はじっと町を見ていた。

汗をふき、息を整えながら、少年も何も言わない。

「……これが、走るって事なのね」

少女がぽつんと呟いたのは、町の上の空がすっかり暗くなってからだった。

「うん」

少女の隣で、少年の答えはいつものように短い。

「他のウマ娘たちが夢中になっているのは、こういう世界だったのね」

「うん」

「私、本気で、息が切れるまで走ったの、初めてだった」

「うん」

「自転車で、だったけど。自分の脚でじゃなかったけど」

「うん」

「……あなた、嫌な、人ね」

少女はようやく、少年を見た。

その目に涙が浮いているのを、少年は見た。

「わからないままで居たかったのに。知らなければ、ずっと嫌いだって言い続けられたのに。それを信じられたのに――もう、できなくなっちゃったじゃない」

そうだ。

もう、嫌いだと言えない。

「だって、みんなが見てる世界を、私も見ちゃったから――」

「見たほうがいいと、思ったんだ」

少年は頷いて、少女を見つめた。

「手が届かないものがどんなものか、ちゃんと見て、ちゃんと悔しがらないと、君はずっと走る事を嫌いだって言わなくちゃいけないから。一人でいなきゃいけないから」

「そうね」

ああ、と少女は空を見上げた。

星がにじんでいる。

「きっと私、走るのが大好きになれたわ。きっと私、毎日だって走りたいと思ったわ」

「うん」

「ちゃんと本気で、二本の脚で、皆と走りたかったなあ」

「うん」

大きく息を吸って、少女は泣き声を上げた。

それは自分が決して届かぬものを惜しみ、別れを告げる声だった。

少年は少女が泣きやむまで、黙って傍にいた。

――少女はもう二度と、走ることを嫌いだとは言わなかった。

(おしまい)

GIRLS BE NEXT STEP とフリルドスクエアが好き。 色々書いてますが真面目とバカの落差が激しいのでご注意。

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  2. シンセミア
  3. 2021/07/04 00:02:47 公開
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