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「そういえば、私が小学6年の時、先...」、@HironoriFunabi1 さんからのスレッド

そういえば、私が小学6年の時、先生が
1x0=
1÷0=
と黒板に書いて児童に解答を呼びかけたところ、私以外全員が両方とも0と答えて、そのまま先に進めようとしたことがあった。

それで、私は何故1÷0が0でないか以下のような説明をした。1/

1÷1=1
1÷0.1=10
1÷0.01=100

割る数を減らすと、答えはどんどん大きくなっていくのに、一番小さな0で割ると突然答えが0になるのは、おかしい。つまり、答えは、0で割る事はできないので、解なしです。2/

我ながら分かり易い説明だったと思ったが、先生がクラスの児童に再度問いかけたところ、誰一人1÷0=0という解答を変更したものはいなかった。
自分の意見や説明が納得してもらえないことはいつものことなので、しゃあないと思ってそれ以上は特に抗弁することはなかった。3/

その後、テスト中に、先生が私のところに来て、「さっきのは誰に教わったの?」とヒソヒソ声で尋ねてきた。
実は、数字は0で割れないという話は、土曜学校に来ていてた大学生から聞いていたので、「大学生の人です」と答えると、
4/

「ここは小学校なので、難しい話はちょっと控えてね」という感じのことを言われた。その先生は非常に熱心で全体的には「いい先生」であり、特に酷い扱いをされているわけでもなかったので、私は「はい」と言ってそれ以上は黙っていた。
5/

まあ、先生が自分が間違っていたことに気づくことができる説明はできたわけだ。しかし、先生は自分が間違っている事を、他の児童の前では認められなかった。先生は絶対正しくあるべきだという緊張感を持ってクラスを統率されていたからだろう。
6/

それ以降も、尊敬はするものの、自分の間違いを認めない指導者の方々には数多く出会ったのだが、アメリカでポスドクしていた時のボスが、これまで出会った人の中でも最高に優秀な人なのに、気軽に自分の非を認めたり、自分の至らなさをオープンに語ったりする方だったので、強い影響を受けた。7/

日本で指導者の立場の人が間違いを認める状況というのは、謝罪会見のようにあまりにも高い心理的ハードルが設定されている様にも思われる。『半沢直樹』の土下座のように、誰かを謝らせて溜飲を下げたいという欲求も強い気がする。8/

ともあれ、自分が間違っていることを認めることができないという立場の人を説得するのは、まず「間違っていても大丈夫」という心理状態になってもらわなければならないのだろうな、というお話でした。9/

Mitosis Researcher @RockefellerUniv, New York, NY. Former backstroker. Choir part: bass. Brined turkey & りゅうひ巻き係。funabikilab.com

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  2. Hironori Funabiki
  3. 2021/07/08 22:20:21 公開
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