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「江戸時代まで興行に過ぎなかった...」、@yukin_done さんからのスレッド

江戸時代まで興行に過ぎなかった相撲が国技になったのは明治期のことで行司の烏帽子直垂着用も投げ祝儀の禁止も明治42年の国技館ができた後のこと。相撲ファンでも歴史事実を誤解しているかも知れない。

江戸時代まで興行に過ぎなかった相撲が国技になったのは明治期のことで行司の烏帽子直垂着用も投げ祝儀の...

江戸時代は千秋楽を除き女性の相撲観戦が禁止されたが、これは女人禁制とは何の関係もなく、風俗取締りの一環だったと思われる。当時の勧進相撲は侠客が出入りし喧嘩、賭博が絶えなかったのが原因だったのかも知れない。女相撲の古文書初出は日本書紀・5世紀で、室町時代には尼僧でも参加していた。

明治期以降、神事と結びつけることで穢れの概念を相撲に持ち込んだのかもしれないが、少なくとも江戸期以前の伝統文化や風習とは異なった概念であることだけははっきりさせておきたい。取って付けたような形式導入のために女子相撲の土俵と優劣がつくのは歴史的に見ておかしな話だと自分は思っている。

江戸の儒者、寺門静軒が書いた「江戸繁盛記」には天保年間の相撲観戦の凄まじさが書かれており、とても女性が観戦できるようなものではなかった。千秋楽のみ観戦が許されたのは楽日には幕下以下の取組しかなかったから。女相撲は江戸時代にも各地で行われており、昭和期まで巡業する興行団もあった。

勧進相撲は風紀を乱すという理由により慶安元年(1648年)に禁止令が出ているが、各地の寺社の境内などで続けられ、寛保2年(1742年)には勧進相撲興行が全面解禁されている。相撲節会に始まり、伝統のある日本文化だが、木戸銭を取って興行していた相撲興行の歴史に特別な格式を求めても仕方がない。

日本各地に奉納相撲があることを御存知だろうか。奉納相撲の中には女性しか参加できない地域もある。もちろん正式な土俵で行われるし、古い由緒のあるものもある。これらの地域ではウカノミタマノカミが嫉妬して豊作にならないのだろうか。アホ臭い話だ。
※岡山県 上齋原神社奉納 おんな相撲大会

江戸期から明治期にかけての相撲の本質について、研究されている方がおられるので誤解のないように論文から引用して説明したいと思います。
①江戸時代の相撲興行は武道や競技というものではなく、娯楽的要素が高かった点。筋書きもあり、他所力士がわざと負けてみせるような営利興行であった。

上覧相撲の実施により相撲興行の格付け上昇に成功した相撲興行界は公事訴訟の結果、穢多に櫓銭を支払う必要もなくなり、御維新を迎える。
②大名お抱え力士は御維新と共に生計に困る事態となる。

相撲廃止論まで出た明治期であったが、生き延びることに成功し、国技化を企図するようになる。
③国技と巷で呼ばれるようになった背景
※引用 「2010年賭博事件にみる相撲界」シドニー工科大 守田佳子

相撲における「女人禁制の伝統」について という論文もある。
結論部分だけ引用したい。
s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstre…
※相撲における「女人禁制の伝統」について 吉崎祥司 稲野一彦 北海道教育大学

日本の伝統文化、大和民族が築いた日本の歴史を大切にしたいと考えています。🇯🇵 伝統保守 / 無党派 / 日本史 / 有職故実 / 凌霜会 / 法学士 / 1アマ / 反共 / ゆうきん / ブロガー / 國體護持 / 古文書 ※民族差別的コメントはご遠慮下さい。

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  3. 2018/04/06 08:38:48 公開
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